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  • たかはし

幽霊とどのように闘うか(準備運動篇)

 同級生が逮捕された。もちろん彼もとっくに成人しているわけだから実名報道がされた。その途端、瞬く間に彼に関するネットの情報がかき集められた。彼の名前を検索すればすぐにいくつかのまとめサイトのページ(もはや出てきた情報を羅列した”まとめ”てさえいないようなページも)が出てくる。検索すればニュースを読んだ彼を知らないであろう人のコメントも出てくる。それらの悪意に満ち満ちている様は目を覆いたくなる。

 怖い。この怖さは今まで私が感じたことのないものだった。

 私だって悪口を言われたことぐらいある。ただ見ず知らずの人から言われた経験はない。実体の無い者からの暴力を受けたことがない。しかし彼は受けてしまった。そして私も(もちろん少女にわいせつ行為をしていないけれども)いつかこの暴力を受けてしまうかもしれない。例えば『100日後に死ぬワ二』のきくちゆうき氏は昨年の連載当初からDMで言われも無い暴言を吐かれていたと言っている。

 これはもはや幽霊と闘っているのと同じである。ぶん殴られたと思って振り返ってもそこには誰もいない。さてどう闘おう。

 「幽霊とどのように闘うか」と題した文章を書いているのは、現代に生きる私たちが不意に喰らわされるこのようなパンチにどうやって反抗していくのかを書きながら考えたいからであり、そして私なりにかつての同級生をなんとか守れないものかと思っているからである。

 ..その前に「守れないものか」と書いたことについて追記をしておきたい。私は私の同級生の行いを良いことだと思っていない。彼の行いは良くなかった。しかし、これは当事者間で済めば良い話で、言い換えれば法律上の処罰が済めばそれで良いと思っている。当事者以外が騒いで彼が必要以上のダメージを負うのは、かつての友人として守りたい。そう思っている。

 さて幽霊とどう闘うか。その存在を誰からも目を留められなくさせてしまえば良いのではないかと思う。なにせ相手は幽霊なのだから、気にしないようにしてしまえばいい。誰から気にしなくさせるのかといえば、「私に関係する人たち」からだ。

 「私に関係する人たち」から幽霊の存在を気にしなくさせること。これさえできれば大丈夫だ。が、もちろんこれが一番難しい。家族、恋人、友人、職場の人、これから会う人、その人たちがもし”霊感がある人”だったら。霊感があるのは構わないが、その霊が見えていることを他者に言わないようにしなければならない。また霊感が無い人には幽霊の存在を引き続き気にしないようにしなければならない。

 問題は徹底して幽霊の存在を気にしないようにすることだ。無いものとして扱おうとすることではない。無視することではない。しかし気にしなくさせる。存在を断じて認めないが認めないということを無いものにしてしまうことだ。

 ここらへんで準備運動篇を終えよう。多少は問題を敷衍できたと思うし、展開することもできたと思う。「幽霊」を「〇〇差別」と任意に置き換えることもできるだろう。次回は「幽霊」を「ヨーロッパ」や「大きな物語」と接続し、浅田・蓮實といったニューアカデミズムと呼ばれる運動がどのように幽霊を気にしないよう呼びかけたのかを参照していきたい。

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